アダルトチルドレンが昔の私と親へ|答えはあなたしか持っていない

1,まず、家族同士の距離が近すぎ!

近かったら傷つくし、傷つけちゃう。

心が離れてたら良いってことじゃなくて、物理的に視界にいるだけで近すぎ。

見たくない態度や空気が見えちゃう。

あるいは見られちゃう。

 


2,結局みんな一人。

家族がいても、子供がいても、友達がいても、自分の人生を代わりに生きてくれる人がいるわけないんだから。

みんな一人なんです。

一人で立って、自分の意思でがんばって歩いたり、頑張れなくなってやめたりしてる。

 


元気がなくなっても、結局また時間が立てば歩き出せる。1ヶ月後とか、数ヶ月後とか、数年後とか。

元気が出たと思ったらまた元気がなくなって、50点まで出来てた日々が20点くらいになっちゃって、でもまたどうせ元気になる。

 

 

 

3,機能不全してない家族って珍しくない?

まず機能不全家族って、いろんな友達と話してても順調に機能してるほうが珍しい。

無いものねだりで、あの子はあの家はいいなって思うんだけど、私が持っててあの子に無いものも同じようにあるんだよね、実は。

いや無いわ。

うちにアーモンドチョコレートなんて無いのに、あの子のうちは毎日のようにある。

一粒貰ったら、絶対噛まないで舐めてアーモンドも気が済むまで舐めから噛み締めた。

香ばしいアーモンド。

ひもじい。

ひもじいけど今思えば、そういうありがたみとか美味しい…っていう強い感情や味わいが、今後小さな幸せを見つけることを得意にしたと思う。

機能不全家族だから不幸ってこともない。

機能してる家族が幸せかどうかは体験したことないからわからないんだけど。

アーモンドチョコレートがあったあの子も、あれもこれも恵まれてて、何が不自由か私にわからなくても、思春期もめちゃめちゃリア充で可愛い女の子やかっこいい男の子に囲まれて、いつも楽しそうで、ついでに私はその子からいじめられてて、でその子は荒れていって社会人になってからも、当時はホームページというものを個人が持ってて、こっそり見てたけど幸せそうじゃなかった。

機能してる家族だったら、闇を抱えないとは限らない。

 


私は35歳か36歳かわからないんだけど、今とりあえずアダルトチルドレンとして振り回されては、あんまりない。

親子にしては不自然なところはたくさんある。不思議がられるときもいつもある。

友達が羨ましいときもある。

でも、それよりも「自分がどう生きたいか」叶えるにも限界はあるけど、自分がいたい場所に行こうとしたり、耳を塞ぎたいことは塞いだり、見たく無いものは見ない、とか限界はあるけどそうしているうちに今は親にあんまりアンテナが向いてない。

今はね。

私なりにアダルトチルドレンや親への考えをまとめましたが、誰かに当てはまる訳じゃないと思う。

こうしたらいいじゃんって思いは、みんなにとっては「いや、違うんだよな。」「それができないから困ってる」「そうしたら別の問題が起きる」って思うものだと思うので、私のたった一例として聞いてください。

だって、だれだって答えは自分の中にしかないから。自分しか持ってないから。

私が自分で見つけた答えを話します。

私の中で見つけた現在の思いを子供の頃の私や、親に対して私のエゴで語っていきます。

 


18歳くらいかな?

あなたはアダルトチルドレンです。

機能不全家族」の中で生きてます。と主治医に言われました。

機能不全家族と聞いて、機能が果たせてない家族って、大変な家庭なんだ…私ってなんかすごく可哀想なんじゃないか?…みたいな、この言葉通り重く捉えていました。

 


機能って経済的に衣食住を保って生活したり、介護育児看病とかケアしたり、家系の後継ぎをしたり、たくさんの機能を家族というチームが果たすものらしいんですけど、そんなん果たしきれるわけないじゃん。

まず。

オール5の成績の人が当たり前じゃないように。

で、オール5のパーフェクトヒューマンじゃなくても恋愛をして結婚をして子どもをもうけるのが自然。

例えば市役所から、コミュ障ラジオ様

あなたは家族を築ける立場にない。

あなたはこれらの理由で家族を築くには困難と判断いたしました。

それは誰かを傷つける恐れがあるため。

万が一事故が起きた場合、あなたに責任能力はないと判断いたしました。

って、市役所から通知とか来ないし、来たら不自然だし、シンプルに悲しい。

勝手に未来の可能性を無くされたら。

 


機能不全家族と呼ばれた私の家。

完璧じゃないけど、ほんとは大好きなお父さんお母さんにこんな通知が届いてほしかったか?っていったらそんな事ない。

 


私は主には、物心ついたときから母のカウセンセラーの状態でした。

あと、私の発達も凸凹で不得意なことが多かったからだと思う。よく怒られてた。

で、不自然な親子関係の謎が解けない。

心の傷が痛い。

正体不明の母のことが怖い。

愛されていると思えない。

たくさんの謎が未消化のまま、18〜20代にはこう思うようになりました。

私は母のことは魔女で私のことは悪魔だと本気で思ってました。

でも15年くらい経った現在私の感覚では正直あんまり気にしてない。

他にも色々、何で?どうして?何を考えてるの?っていうもつれた糸みたいのがたくさんあるんだけど、今あんまり気にしてない。というか重要じゃ無い。

なんでかって言うと、母と離れたことで関係が良くなったから。

母も子育てが落ち着いて、ゆとりを取り戻したと思うし。

母の良いところは去るもの追わず。

追ってこないから、物理的に離れられる。

鬼電もかけてこない。鬼電って今言う?

去れば終われないから、駆け引きしたい年頃には、やっぱ私なんていなくても困らないんだ…とか思ってましたけど。

今ではそれが母の良いところ。

私が自分でいられるために母に追われないことは必要なことでした。

悪かった親子関係は、取り戻せる!

だって、どうしても親子は無条件で愛し合ってるからしぬほど苦しむし、嫌なくらい腐れ縁だし、その心の底の底の方にある、お母さんが好き、お母さんに愛されたら嬉しい、お母さんを信じてる、その気持ちまで消える訳ないんです。

親子がちょっとゆとりを取り戻して、適切な距離感にはなれて落ち着いたとき、やり直せるって知りました。

心から嫌いです。心から憎んでます。って人もいると思います。それは否定しません。

みんなアダルトチルドレンでも違う傷を負ってると思うから。

みんな同じようで同じじゃ無いですよね。

私、お母さんがしんだとき泣けないかも?って思っては、なぜかよく泣いてました。

母は、親戚付き合いに、子育てに仕事に、子供の受験や兄弟の不登校、自分は歳を重ねていって親の介護の問題や、自分の病気や、更年期という7重8重の苦労の中、私にまで仏のように微笑めるわけないじゃん。

今思えば。

更年期一つとっても、神経伝達物質というのかな?ホルモンというのかな、あいつの仕業は本当に唯一ひとを操ることができる、あらがえないものだと思う。

神経伝達物質にあらがえるわけもなく、うつ病にもなるくらい人を変えてしまうから。

生き延びるだけで精一杯じゃん。

よく生きててくれたなって、それだけで丸儲けじゃん、今なら思うけど当時はそこまで私が気がつけるわけないんだよね。

昔からやってきて慣れてる事ばかりじゃなくて、一個乗り越えては新しい課題がやってきて、終わりが見えなくて、そんな状態で子どもに仏のように微笑めるわけないじゃん。

自分に優しくできない状態で人に優しくできるわけないから。

自分が好きで結婚して子ども産んだんじゃん、は無し。

それは無し。

目標持って、選んだ進路、選んだ会社に「こんなところだと思わなかった。こんなはずじゃなかった」って思うのは、大人も同じだと思う。

だって、未来の自分を知ってる人なんていないから。

理想と現実のギャップというのはいつもあって、でも自分が選んだから、どうしようかな。

自分は思ってたよりダメダメだけど責任持って頑張るのか、自分が壊れてしまうから、ごめんなさいと謝って退くのかかな。

また過去に戻ることは誰だってできないからね。

で、親子も偶然じゃなくて、出会うべくして出会うから、仕方ない。

いつも見るのは「原因」じゃなくて「目的」。

しかも、子どもが例えば、私のことをお父さんお母さんが幸せにしてくれるんでしょうね?っていう期待というかおごりもお門違い。

自分を幸せにしてくれるのは自分だから。

親も、子どもに原因を探ったり、あの時こうしからダメだったのよとかいつまでもなじらない。

子どもの目的は何かな?って観察したり、そのために自分にできることを考えたら良いと思う。

弱いところがあるもの同士、どうやって生きていきたいかな、ってこれからの目的を探るしかないって思った。

で、子どもが親から離れたければ、親は引き止めない。

子どもの人生は親の人生じゃないから支配や操作するのは違う。

 


で、なんでずっと親子関係に不全さを感じてきたかというと、

体調が悪くても、お腹が痛いとか恥ずかしくて言えなかった。

皮膚がパックリ割れて、血がポタポタと垂れてグッタリするような怪我をしても、セロテープで貼っておけば治せないかまず考えた。

怪我したら怒られると思った。

あと、なんか心配かけるのが悪いし恥ずかしかったし、なにより困らせると思った。

とにかく私が煩わせることをしないでおきたかった。

だからとにかく困ってることを言えなかった。

その理由は正直わからない。

初めての月経がきてもしばらく言えなかった。

言おう言おうと思って勇気振り絞って言ったけど、人生最大に恥ずかしかったから思い出したく無い。罰ゲーム並み。

生理用品も買ってきてって言えなかった。

十代〜20代、悩みも、ちょっとしたグチや文句も、笑い話も、話せなくなってた。

なんで他人のように遠慮してしまうんだろう?なんで他のみんなみたいに甘えられないんだろう。

家族なのに。お母さんなのに。

でも、話せるひとは他にもいる。

もしも彼氏ができれてその人に心を開けば甘えることもできる。

それでいい。

私は不幸じゃない。

お母さんだけが私の全てじゃない。

そう思って目を背けてみるけど、友達がお母さんとする気さくな話し。

友達がお母さんにされるささやかなケア。

羨ましくて、私も甘えてみたかったって、心の中で泣き出す私がいて、それを抑えてみても目に涙を溜めて溢れないようにすることが多かったように思う。

そして遅い反抗期が25歳で来た。

反抗期かもう限界だったのかわからない。

初めてご飯が食べられなくなった。

飲み物だけ飲める。

痩せたいとか全く思わなくて、私の美意識では痩せ過ぎは美しいと思わないから、痩せるのが怖かった。

休日だったから、口コミの良い大きな病院の当番医に言って、経口栄養食をたくさん貰おうと思いました。

はじめて会った外来の先生。

ご飯が食べられないとだけ伝えただけなのに、昔お母さんと何かありましたか?と聞かれた。

いやまぁ、はい。なぞに照れながら答えた。

くらいに答えたら、あなたは赤ちゃんからやり直そうとしてますね。って言われた途端泣いてしまいました。

精神科でもないのに、泣くなんて、看護師さんも想定外みたいな顔しててすごい気まずかった。

体は私の心理も全部わかってくれてるんだ、お見通しなんだみたいななんか泣いてしまいました。

赤ちゃんはおっぱいは飲めるけどはじめ固形は食べられないでしょって言ってました。

 


ここからは今の私から昔の私や親に向けて話します。

その当時は辛い。毎日寝ても覚めても何十年も。

いずれは大丈夫だよって、いずれの話をこれからしたってほぼ意味はないと思う。

今が辛いんだから、今どうにかしたいから、今助けてほしいもんね。

なのに、もういずれの話ししか出来ない自分が不甲斐ないんだけど、昔の私に言いたい。

 


辛いままだと思うけど、30歳くらいが寿命ならもう残念だけど可哀想だったねで終わっちゃう。

30歳まで頑張ったら十分だから人生終了しようと思った。

それくらい生きるエネルギーって限界があるもんね。

でもね、今人生強制終了したいと思わない。

じさつすると、何万回も生まれて寿命まで生きて積まれてた徳がチャラになるって、何人かの人に聞いたから。学会ではそんな話は無い。

そんなのやだ。人間に生まれるってかなり得を積んでるからなれたけど、また何万回もアリやダニやカエルに生まれて、出かけようとしたら何かに踏まれてしんで、そんなのめんどくさい。

 


で、人付き合いが5年10年スパンで変わってくると、友達と話す内容も変わってきたし、

目にする場面も変わる。

視野が広がるというか、見てるものが変わる。

心が向いてるものが変わってくる。

 


で、いつのまにか自分の中の、子どもでお母さんに甘えたい気持ちと、大人でお母さん以外のものに向く気持ちの割合が変わってくる。

お母さん以外のものに向く気持ちの割合が多くなってくる。

 


でいつのまにか、友達や別の大人と支え合って生きてるんだって気持ちになってた。

別に生活を共にする訳じゃ無いですよ。

別に、めったに友達と会ったり遊んだりしない。

たまーにLINEをする。

LINEして返ってこなくても、普通。

心踊るようなハッキリした友情、愛情に感じなくても、なんか気がついたら、みんな色んな悩みの中で頑張ってるんだろうな。

今日も憂鬱だけどとりあえず歩いてるんだな。あの人あの子も。しかも、みんな1人で。

 

 

 

どんなに、家族とか、会社の仲間とか、友達とか、子供とかいたとしても、結局みんな1人で自分の足で立って歩いてる。

自分の今日やることを誰が全て肩代わりしてやってくれるわけない。

みんな自分の役割を持って個人プレーをしながら家族とか仕事というチームワークで何かを成し遂げる。

生活を続ける。

 


自分の意思でがんばったり、あるいは潰れてしまったり、でまたエネルギーがちょっと溜まっては歩き出したり。

そうやって起きたり転んだりするが自然なのかな。みたいな感覚が備わってきた。

そう思い込もうとしなくても、そんな感じなんだ、っていうか感覚ができてきたら、もう自分はアダルトチルドレンなんだ、とか意識する必要がなくなったというか思い出さなくなった。

 

 

 

そもそも完璧とまで言わなくても、大人らしい大人って、見たことない。残念ながら。

この人、あれもこれも出来て、ほんとに凄いな。って人はいる。

私にはここまでできないわって。

この人に出来ないことなんてないんじゃないかな?人間付き合いとかも、あらゆることが順調なんだろうなとか思っても、深く付き合えば、大人げないところがある。私と3〜40歳くらい上の人なのに。

あの人もこの人も。

なんだ、みんな偏りがあるんだ。

みんなって言っていいかわからないけど、私の周りでは「みんな」だった。

みんな変わってるところがある。

ややこしいところがある。

サイコパスなのか?と思うくらい驚きの一面を見せるときもあって、時に怖くなる。

でもずっと付き合ってれば、その謎の一面くらい持ってるだろう誰でも。私にも。

そして人は誰のことも完全に理解できるものじゃないし、自分を完全に理解する人もいないし。

なにか正体不明の謎を人は持ってる。

でも、それが「変わってる」んじゃなくて、変わってることが「普通」なのだと何となく思ってきた。

変わってるって思うのは他人がそう思うだけで、本人にとっては普通ですよ、きっと。

なにか悪気があってやってるわけじゃなくて、隠しているわけでもなくて、それがありのままの姿だったりする。

 


で、家族同士の距離は近すぎって私は昔も今も思う。

距離感で人間関係は良くも悪くも変わったから。

人と人の距離が近すぎたら、もう人のアラが見えまくり。

喧嘩になったり、喧嘩すらややこしいからモヤモヤしどおし。

 


離れたら見えない。

別にそばで見なくて良い。

離れたから、大切な人じゃないって意味にはならないから。

離れられたら苦労しないんだろうけどね、そもそも。

離れることでお互いがもっと冷静になって、相手を思い合えるようになって、素直な言葉を言えるようになったりして。

 


別に感謝とか愛情の言葉を言葉にできなくても、感謝とか愛情があるから出てくる言葉が言えると思う。

 


私が離れたいと思う距離は最大、別々に暮らすこと。

別々に暮らせないなら、誰かの家に泊まりに行くこと。

それもできないなら、日中とか夜、家出すること。

それもできないなら、同じ屋根の下でも、個室で数十分〜1時間でも、一人になること。

それもできないなら、両耳にイヤホンをつけて爆音で聴きたい音楽とかトークを聴く。

それもできないというか、それでもダメなら、それもできない、それでもダメだから、モヤモヤモヤモヤしたりイライラしたり、喧嘩できる相手なら喧嘩になっちゃう。

 


もしかしたら、親もそうだったのかもしれない。

親も年齢だけ大人でも、大人になっても新しいステージは次々にやってくるから、そのステージでは素人だったりして、でも親だからしっかりしなきゃって適応しようとするんだけど、思うように行かない。

理論的な考えに、感情がぶつかって、理論がはちゃめちゃになっちゃうから。

家って、休むところでありたいけど、ONとOFFが入り混じるところだから、疲れてるのに気を遣ったり。

機嫌が悪いけど、怒るのを我慢したり。

されど家だから。

家だから、自分の正体むき出しなのに、論理的に考えようと務めても、あるとき理性が崩壊しちゃう。

子どもも親もそうなのかな。

どっちも完璧じゃないから。

・だから親は子どもに威張らないこと!

威張らないことについて後で話しますね。

子どももね、弱さを見せて、嫌だったら泣きじゃくってください。

そんなにできないよ!

もう頑張れないよ!

お母さんのことは大切だけど、ここまでしか背負えない。助けになれない。ごめんだけど。

って言って良いんだよね、ほんとは。

お母さん泣くかもしれない。悲しむのがわかる。

だから言いにくいんですよね。

でも、お母さんがいてくれるだけでいいから。とかフォローがあればいい。

お互い、頑張りたいのに頑張れないから苦しくなる。

だから、もういてくれるだけでいいから。

人の価値は、行為じゃなくて存在に価値があるっていうのはアドラーも言ってた。

で、第三者に言う。

家族以外の誰に言っても、数多く言わないとアタリが出ないときがある。

先生に言ったけど無駄だった。

医者に言ったけどダメだったら。

保健センターに言ったけど無駄だった。

そうなの!

残念ながら当たり外れがあるの。

何してるんだ大人!って感じなんだけど、

頼りにならない大人がいるから。

そう、大人げないというか、真摯でない人がいるんですよね。

ネットでたくさん相談電話番号調べて、片っ端から電話してください。

私が言えることじゃ無いです。ごめんなさい。

そうしたら良かったんだろうなって思います。

大人がこんなに大人げないって、大人になって知った。

私も大人げないしね。

やっとの思いで一人二人に相談してダメだったら、誰に聞いてもダメなんだ、って自分で可能性をたっちゃうから、もっと真摯な大人を探せばよかったんだよね。

そこまで考えられなくて、自分で可能性をたって自分よがりになっていたなって思う。

でも、頑張るにもエネルギーには限界がありますもんね。

あぁ、もうダメだ…ってなっちゃうよね。

 


で、親は子どもに威張らないこと!

強く正しくいなきゃって思うんだろうけどね。

子どもに勝とうとしない。

立派でいようとしない。

自分も弱いのって素直に言ったら良いのに。

でも貴方も弱くて良いのよって言ってあげたらいいです。

お母さん、こんなことが苦手でね、とかこうされると悲しくてね、とか取り扱い説明みたいなこと伝えて、命令はだめだけど、私はこうでねってアイメッセージで伝えて、

お母さん、出来ないこともあるけど、できることは頑張るからね。

あなたのこと大切だから頑張りたいの。

でも疲れたりすると、ずっとは優しくできないんだ。

喧嘩しても、あなたのことは大切だから。

つまらない喧嘩でお互い嫌な気持ちになっちゃったね。

喧嘩は本当はつまらないことなの。

本当はお母さんは、あなたが今日も健康で事故がないだけで、それだけで本当は嬉しいの。

幸せなの。

いてくれるだけで、本当はいいの。

 


そんなふうに、大人だろうが子どもだろうが等身大で認め合えたらいいのになと思います。

まだ人生4割くらいしか生きてないので、当然まだ悟りをひらけたわけじゃなくて答え探しの途中です。

親と離れてずっとは逃げ切れないと思ってるし。

 


18歳頃から精神科に通い出したときのことを話します。

 


1ヶ所目の精神科の先生は女性でよく話を聞いてカウンセリングやアドバイスをしてくれましたがら私は、話を聞いて欲しいわけでもアドバイスが欲しいわけでもありませんでした。

そして、体調はどんどん悪くなっていきました。

このままでは次の診察まで生きていられないと思って病院を変えました。

 


私にアダルトチルドレンといった先生は、2箇所目の精神科でした。

淡白で、話も詳しくは聞かない、どうですか?そうですか、お薬継続で出しておきますね。

そんな先生だったけど、アダルトチルドレンの説明とともに、A4サイズの書籍のコピーをくれました。そこには

"あなたの人生はあなたのもの。

あなたの人生はお母さんのものじゃない。

あなたは、お母さんのために生きなくていい。"

と書いてありました。

 


この言葉がずっと心に残っています。

そんなふうに思っちゃいけないと思ってた。

でも、思っていいんだ。

そういうものなんだ、と私と母を良い意味で切り離すことができたきっかけになりました。

私は、お母さんのために生きなくていい。という小さな芽が心の中に芽生えた瞬間でした。

 


今日のお話はここまでです。

おやすみなさい。